馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

カーター・ディクスン『ユダの窓』

ユダの窓 (創元推理文庫)

ユダの窓 (創元推理文庫)

 

  ジョン・ディクスン・カーはどれも夢のような面白さだ。陶然とする。〈ユダの窓〉のトリック自体はさんざん盛り上げたわりに拍子抜けするのだけども、こういう風にひっくり返すのはジャウマ・コレット=セラ『フライト・ゲーム』みたいだなと思う(あれにも一種のユダの窓が出てきた)。カーのプロットの込入り方は尋常ではない。ただ複雑さを増すためではなく、面白く読者を混乱させるために章立ての最後に思いがけない新事実が投入される。現代TVドラマの叙述を思わせもする。誰の目にも犯人がはっきりとしているシンプルな密室殺人事件が、ここまで人物関係が混迷をきわめていくのか、という驚き……『帽子収集狂事件』『緑のカプセルの謎』もその心地よい幻惑感を味わえる。『ユダの窓』は、事件解決までに叙述の空白によるサスペンスを二つもうけてある。その一つは、登場人物たちの秘密が積み上げられて元々想像されていた殺人事件とはまったく別の構図を見せながらも、なお密室殺人であることは揺るがないようにみえる点(その隙間は、どう説明されるのか?)。二つめは、密室殺人のトリックが明らかになってもなお犯人がまだわからない点だ。怪奇とサスペンスの維持のために、犯人を当てるための推論がゴチャつくのが難点かもしれない。『皇帝のかぎ煙草入れ』の明快さも好きなのだが、カーの魅力はまた別のところにありそうな気もする。私はカーを読んで犯人がわかった試しがない。