馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

ジョー・イデ『IQ』

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 本筋とは関係ない描写が語彙豊かで、密度高くてよい。固有名詞が羅列される快楽。黒人カルチャーやテレビ・映画ネタが面白くて、出てくる殺し屋のひとりがトム・クルーズ演じる殺し屋に憧れるヤツだみたいに主人公に揶揄されるのだけども、『コラテラル』のトムは実際かっこいいだろと思うのだが、でもこの主人公アイゼイアは確かにトムよりジェイミー・フォックス派だろう。黒人だからというだけの話ではなく、等身大で屈折もありながら芯の入った正義が、彼のなかに同様にあるからだ。表紙イラストのせいか、読んでる最中のIQの顔はジェイミー・フォックスで再生されることが多かった。

 犬を扱う殺し屋を探す現代パートと、IQがどうして探偵を始めることになったかの過去パートが並行して語られるが、あまりミステリ的ではない過去パートのほうにどちらかといえば魅力を感じる。というか、現代パートがツイストが足りず、やや退屈。いちおう意外な解決もあるのだが、それを意外にするための主要登場人物が誰も彼も緊迫感ある怪しさをもっている、というひねりが足りておらず、誰が犯人でもよさそうに思えてしまう。ある程度の謎をばら撒いておいて、「こいつが犯人だって! じゃあアレとあの描写とあのセリフはいったいどうやって処理されるんだ……?」みたいな状態まで持っていってほしいな、と思う。解決もけっこうあっさりというか、あまりミステリーでは見たことのないような突き放した結末で、これはこれで面白い。

 三人称おおよそ一元視点の、行明けによる頻繁な視点切り替えで実質多元視点化するというのはわりとありふれているのかもしれないが、アクションになったときに追う者/追われる者の別々の内面に交互にのめり込むのは、あまり映画などにはない経験で、けっこう不思議な面白さがある。この手法は簡単に断章化できるので、密度のわりに読みやすくなるというけっこう便利なテクニックでもあると思う。数行程度の短い節をうまく切り上げるためにはアフォリズムっぽい台詞の言い回しみたいな技も要るのだな、という発見があった。空間的描写に弱みを感じた。戦っているときの位置関係がいまいち分かりづらい。これも三人称一元が完全には神の視点になりきれないことによるのかもしれない。