馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

カーター・ディクスン『かくして殺人へ』

 こういうラブコメも書けるんですね。カー特有の、次節への引きで読ませる技術が過剰にふんだんに使われている。事件の輪郭が判然とせず、物理的な不可能設定による矛盾よりも、心理的な矛盾(なぜ映画界と関わりのない牧師の娘の命が狙われるのか?)をプロットの核に持ってきたツイストなど、なんとなくクリスティっぽい。映画フィルムの失踪の顛末は、『邪悪の家』の絵画のくだりのような処理の軽妙さだ(「スタイルズ」という語彙がさり気なく出てくるところなど、やはりクリスティを意識したのではないか)。これってフェアなのってぐらいスレスレのところをさらっとやってこその本格って感じもする。さらっとやるにはセンスがいる。(バンコラン・シリーズの衒学趣味のように、いくらでも技巧に凝ることはできるのだが、)力を抜くときに抜けるのがカーの魅力かもしれない。