馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

今村昌弘『屍人荘の殺人』

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

 

 特殊設定下のクローズド・サークルもの。○○○○が殺人のトリックとしてよく考えて利用されている。倉庫にあった釣り道具は伏線だと思ったのだけれども。自分が考えていた案は、「動物を○○させてベランダ越しに投げ込めばいいのでは?」というもので、ある種の動物トリックの応用になる。意外と整理された別解があった。犯人を絞り込むときの手際がいいのだが、こういうの苦手だ。建物の構造が筋とけっこう関係してくるが、空間処理が苦手なので誰がどこにいるか整理できなくて苦戦した。こういう見取図って作者が自分で作るんだろうか。建築の勉強をしなければいけないのか。

 動機にも関わってくるので深く書けないが、語り手が悪人を殺すことの罪を考えるくだりで(……『罪と罰』とか、さんざん繰り返されてきた主題だ……)被害者の別の良い側面の話をするのだが、その辺が練られていないせいで、わりと不愉快である。例えば、DVや虐待をした人に「いい人の面もあったんです」といっても、そんなの当たり前だろ、だから何じゃ死ねやって感じだろう。問題は行為なのであるから。思弁が単純なせいで、ありふれた犯人擁護&被害者叩きのテンプレをはみ出ていない。いい人の側面があるかどうかではなく、悪人であれ一個の人格を伴った人間としての尊厳がある、ということが小説として書けないといけないのだと思う。

 あと、「償いをさせてください……お金でも、体でも」といった下りがあって、性暴力を暗に仄めかせている話*1でこういうことを書かれると、真剣に考えてないのかなという気持ちになる。これを女性側から言わせることで批判しにくくしているのだが、でも作者はどんな台詞を言わせるかをコントロールできるわけでしょう。ミステリーの骨格と直接に関係するわけではない倫理的観点から微妙な減点ポイントが多く、設定が面白いだけに惜しい。

*1:直接そうは書かれていないが、過去の挿話に避妊具なしの性行為の強要があった可能性がある。避妊に失敗した可能性もあるが、確率的には低いだろう。状況からして、ああいった場面で避妊を求めないのは考えにくい。