馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

エラリー・クイーン『フランス白粉の秘密』

フランス白粉の秘密

フランス白粉の秘密

 

 やっぱりクイーンは嫌い。なんでこいつが巨匠なんだかわからん。

 論理、論理とすぐいうくせに論理学のことをさっぱりわかってない。前提となる事実の検証ができなければ、「論理的には正しい」推論が事実とはまったく解答を導出するのは当たり前のことです。この解決案の問題は、どれが真なる証拠でどれが捏造された証拠なのか、に関する判定がエラリイの心理的な主観で分別されていることである。複数犯でない理由、も曖昧なものだ。最後に犯人をひとりに特定した証拠でさえも、真犯人があえて用いた証拠かもしれない。

 いくつか鍵アカウントにツイートを連投したので、同じことの繰り返しになるが、もうそれを直に書く。

 

 ①エラリー・クイーン『フランス白粉の謎』読んだ。やっぱクイーン嫌い! つまらんし細々とした描写が生理的に不快だし論理操作がどうのとウダウダ言うくせに論理学のことを何もわかってない!! カス!!!!

 ②クイーンはミステリが何をやってるのかまったく理解していないんじゃないかと思ってる。

 ③いろいろな証拠から消去法で犯人を除去していく操作が恣意的で、どれが捏造された証拠でどれが真なる証拠かを判定する手法がエラリイ、お前の主観じゃねーか、こんなの適当にランダムにばら撒けば終わりだろって感じがする。なにが論理か。バカなんじゃないか。

 ④ミステリって曖昧でどうとでも解釈できそうな証拠・痕跡から、どう筋の通る仮説形成を行えるかというゲームだと思うんですよ。クイーンは仮説を入り組ませず、単に消去法でいけると勘違いしている。そこが「わかってない感」がある。

 ⑤「消去法ならどう考えてもこいつしか犯人はいないのだが……」というのが大量に入り組んで複雑になるのが面白いわけでしょう。動機面からはあいつ、犯行方法としてはあいつ、遺言状の遺産受取人としてはあいつが怪しい。 だが、探偵だけが気づいた着想だけが犯人を特定することができる。

 ⑥クイーンは消去法をなにか論理的な推論だと勘違いしているふしがあるが、あくまで仮説形成の一手段でしかないですからね。推定無罪の原則を忘れてはいけないし、消去法はどの事実を前提とするかによって、恣意的に犯人を変えることができてしまう。

 ⑦問題は、作品の情報からなにを事実として認定できるかであって、その推論には必ず何らかのうさんくさい飛躍が生まれる(ここに飛躍がないとミステリはまったく面白くない)。だから、ミステリにおける問題が論理的に演繹に閉じることはほとんどない。

 ⑧そこがポイントなのに、エラリイは平気で「論理操作」とか「演繹」とか言うわけでしょう。自分が論理を使ってるときの前提となる事実認定の胡散臭さをさておいて。そこがインチキだし、ミステリが何をやってるのかわかってないな、と思うところ。

 

 クイーンの主要作品をある程度読んだら、エラリイの推理がいかに杜撰でデタラメなインチキを「論理」と称しているのかをまとめてみたい。

 どうもエラリイ・クイーンは(作者も作中探偵のほうも)消去法を盲信しているが、消去法がアブダクションの手法であって演繹的推論ではないこと、それがいかに間違った恣意的な結論を大量に導出できるのか、ということを誰かがきちんと指摘しておいた方がいいんじゃないかと思う。

 消去法が、いかに前提事実の検証の誤りや、事実とされるものの選択から恣意的に犯人を導出できるのか、そのサンプルを一つ挙げてみよう。

われわれが求めている犯人は男性です。(中略)さらにこの男の特徴は、不慮の出来事に応じて、常識を外れぬ動作で対処できる鋭敏な頭脳、冷血動物を思わせる非情な性格、厚顔無恥の大胆さであります。これらの特徴はみな、疑いもなく男性にのみ備わるものですが、(後略)

 この〈これらの特徴はみな、疑いもなく男性にのみ備わるものですが〉は、現代ではなんらかの留保や動機なしでは書けない文章だろう。ジェンダーステレオタイプが固定的だった時代の文章であり、端的にいえば偏見である。もちろん、こうした偏見ばかりを積み重ねた消去法を用いれば、差別的プロパガンダめいた推理と並行して、たった一人の犯人像を恣意的に提出できるだろう。消去法がいかに危険な推論であるかは、もうちょっと細々とした問題があるのだが、それは別の機会にまとめておきたい。

 別に、こうした偏見だけで『フランス白粉の謎』が書かれているわけではないが、論理的な推論を標榜する小説でこういう描写が出てくるのは、大きな瑕疵である。ミステリーとしての瑕疵だけではなく、小説としての価値をも損なっている。

 

 少しだけ美点を書いておきたい。作品内で流れる時間が二日間ぐらいで、尋問から操作までが長いわりにサクサク進む。部屋の見取図なんかも、珍しく面白く読めた。クイーンは、細かい職員の配置さえも徹底して説明しないと落ち着かないというくせがあるらしく、描写がやたら煩雑かつ単調で、つまらなくなる難点がある。が、その説明過剰の処理がかえって「唯一の仮説」を弱くさせ、ミステリを内側から瓦解させていくことがクイーンの真骨頂かもしれない。(後期クイーン的問題とやらが実際には何なのか、正直知ったこっちゃないが、)クイーンはミステリが下手だからミステリの抱える問題点に気づけたのではないだろうか。

 以下の引用は、道具箱の中身を説明する場面。クイーンの列挙癖がいい方に転んでいて、過剰で長ったらしい描写が珍しくおもしろい。

「きみを納得させるために、この道具箱の中身を見せるとしよう。ほら、ここに補助レンズが二つある――ついでながら、どちらもツァイス製で、携帯用拡大鏡をより強力にするためのものだ。それからこれは鋼鉄製巻尺だが、こんな小さなものでも、九十六インチの長さが測れて、裏側はセンチメーターで記してあり、自動的に巻き戻るようになっている。こちらのクレヨンは、赤、青、黒の三種類。それに小型の製図用コンパスと特別製の鉛筆。(中略)どう思うね、ウェス、ぼくの携帯用道具箱を?」