馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

エラリー・クイーン『オランダ靴の謎』

オランダ靴の謎【新版】 (創元推理文庫)

オランダ靴の謎【新版】 (創元推理文庫)

 

 はじめて犯人の名前を当てることができた! と思いきや、動機面と共犯を外した。かなり惜しいところまで行っていたのだけども。

 最初は、クイーン警視が予想したように、ジャニー博士による「本人自身に変装するトリック」かな、と思い込んでいた。こういう発想はカーっぽいのだが、どうも違うらしい……というところで、エラリーが靴が大事だというので、10節を読み返す。

 事件の性格からして、病院の細かいことを知り尽くした内部犯であることはほぼ確実であり、ジャニーが男性としても靴のサイズが小さめで、発見された男性用の靴はそれよりも小さいうえ、敷皮が靴の奥に詰め込まれていることから、これを履いた人物はおそらくかなり足の小さい人物、おそらく女性であることを察知した。ズボンを縫ったのも丈を合わせるためであり、この糸をどうこうする方法は女性的である……とまでクイーンは書くかなと思っていたが、そこまではしなかった。もちろん、靴紐が切れて絆創膏で応急処置をしたのも、自分の足より大きい靴のサイズを合わせる必要があり、冒頭でミンチェンが案内していた診察室の絆創膏をしまってる場所を知っている病院関係者だろう。女性のオランダ記念病院関係者は、かなり限られている。ペンニーニ博士が女性であることにエラリーが驚いている場面から、この時点でエラリーは女性を疑っていることにあたりをつけた。もちろん、ペンニーニ博士はずんぐりした体型らしいから靴のサイズが合いそうにない。看護婦のうち、麻酔室にいたオバーマンは監視により不可能。消去法で、残るは……このトリックをやるにあたって、エレベーターの位置からして、いちばん犯人として相応しいのは○○○○しかいないんじゃないか……他の人間が同じトリックを用いれば、仕上げの行為を○○○○に見られてしまう可能性が高いだろう。

 と、いうわけで犯人予測がついた。第二の殺人も、彼女が現場にいた事実をさり気なく隠蔽していること、回転椅子、移動された本棚、死んだときの表情(これを証拠にするのは問題があるって別の小説に書いてあったような気がする……なんだっただろう……島田荘司の『斜め屋敷の犯罪』だったかしらん)等から、彼女が犯人であることをほぼ疑いなく示しているものと思われた。

 だが、第一の殺人の時点で謎解きを満足してしまったせいで、動機・共犯を外す。第二の殺人はおそらくトマス・スワンスン、偶然にもジャニー博士のアリバイを立証してしまった突然の謎めいた来訪者を殺すことでジャニーを容疑者に仕立てるのだろう、と思っていたら意外な事実が判明、殺されるのはジャニーの方だった。トマスの来訪を偶然だと勝手に決め込んでいたせいで、この事実が何を暗示しているのかを推測するのを忘れてしまった。これさえなければ、動機から共犯者が導き出せたはずなのに……

 さて、○○○○の犯行動機としてわたしが考えていたものは何だったのか。彼女の登場場面には、〈ドールン夫人といっしょにジャニー博士の手伝いをしている〉というくだりがある。で、ドールン夫人はサラ・フラーといざこざがあるらしく、世間的には寛大でも身内には意地悪をしているんじゃないか、というくだりが囁かれていた。ということは、ドールン夫人が○○○○をも虐めていたことも考えられるんじゃないか……というのはあとから考えれば強引な想像だし、それに、サラ・フラーとの事情もあとから説明されたのだから、棄却すべき考えだった。だが、人間はいざ仮説を決め込んでしまうと、あとからそれを修正する情報が与えられても、当初の仮説にすがってしまうものだ。もちろん、それを利用して偽の仮説を読者の脳裏にデザインすることがミステリー作家の典型的な得意技である。

 なんにせよ、クイーンの苦手意識がわりと払拭された。半分しか正解とはいかなかったが、犯人を当てることができたことによるものだろう。現金なものである。

カーター・ディクスン『黒死荘の殺人』

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

 

 ヘンリー・メリヴェール卿の初登場作品らしい。密室トリックは、天城一は抜け穴密室と称していたが、どちらかといえば『三つの棺』で解説された、凶器の抜け穴+凶器消失トリックの応用といえるものだろう。被害者自身が別の凶器を部屋に持ち込み、それが真の凶器と誤認されることで、状況が複雑になる。バールストン・ギャンビットを応用した真犯人の隠蔽の仕方も面白い。「顔が潰れたり燃やされたりした死体を見たら、BGを疑うべき」という公式をいいかげんわたしは憶えるべきだと思う。

 実は真相を知っている部分的共犯者が二人もいるのはどうかと思った。後半のサスペンスも又聞きが多く、何が起こっているのか曖昧で微妙に盛り上がらない。このせいで完成度がやや下がり、傑作認定には僅かに及ばない。

米澤穂信『愚者のエンドロール』

愚者のエンドロール (角川文庫)

愚者のエンドロール (角川文庫)

 

  自分が図書館で読んでた版ではイラスト付きで、千反田えるの絵はちょっと想像と違った。アニメでイメージが固まってしまっている。

 多重解決を扱っている。実際に死体を出すわけにはいかないので、自主制作映画の真相を考えるというのがお題になっているのだけど、作品内の情報だけではなく外部の制作者たちにあるメタな諸条件もまた問題の一部になっている、ところが面白い。中村青司ネタなど、マニア向けの目配せも多々ある。

 わりと原作に忠実にアニメ化されていたようだ。副題の意味がわかったり、壁新聞部の挿話や「十文字」のくだりなど、今後の展開にも影響する挿話が少しずつ入っていることが確認できた。氷菓シリーズ全体を通して、「才能」に関する自意識の屈託、というのが主題になっている。それが見えてきてから、作品全体で何をやりたかったのかが理解できたようにも思う。

森博嗣『すべてがFになる』

すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

 

  子供の頃に読んで大ネタのトリックだけはうっすら憶えていたのだが、それでも面白かった。なんだか「十三号独房の問題」のアップデート版みたい。この設定でしかありえない斬新な密室トリックとは別に、犯人が密閉状態の研究所の中で"存在を消す"トリックの方が優美でスマートだ。さり気なくやっているが、こっちのトリックの方がすごいんじゃないかと思う。この密室トリックを成し遂げるための初期状態は、なかなか生々しいものだが、犯人の天才性が地上の倫理を消去するような書き方をしている。そのズルさが気になる。

 西之園萌絵が天然お嬢様キャラだったり、大学の仲間とのだらだらしたキャンプとか、そのへんが意外と読みどころになっている。なぜかこういう場面が好きだ。

米澤穂信『氷菓』

氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

 

 アニメ版から先に見ていた。すこし印象が変わった。

 学生運動の激動の時代と、何事にも情熱を持てない省エネ主義の現代の学生の想像力をつなぐために、このような作劇がとられたということだろう。謎が小粒なのが気になるが、学校内の資料が少しずつ発見されていく過程など、各エピソードがゆるやかな連関をもって全体像が見えてくるように構成されている。アーカイブを残しておくことは大事だ、と当たり前のことを思う。現代日本は、公文書も裁判資料もバカスカ捨ててる近代国家の体をなしていない国で、この学校のほうがまともに思えるぐらい。

 千反田えるの扱いの都合のよさが気になる。折木奉太郎を動かすためのフックとして配置されているだけで、あまり主体性が感じられない。そのへんはこれから変わってくるのかもしれないが。

有栖川有栖『双頭の悪魔』

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 図書館で『孤島パズル』が借りられていたので、こっちから先に読んだ。 

 三つの「読者への挑戦」が行われる。橋の落ちた二つの村で起こる殺人事件の、それぞれの殺人犯を問うところが第一・第二で、三つ目の挑戦は、この別々の事件がどう繋がっているかを問うもの。タイトルの〈双頭の悪魔〉とも絡み合う、よくできた構成だと思う。微妙なしょっぱさというか、変な現実感のある芸術村に暮らす面々の個性が長いページ数を支えている。

 クイーニアンあるある:どっちのポケットに何が入ってるかとか、単なる偶然の影響でどうとでも解釈できそうな出来事の順序が推理の鍵になりがち。

 最後の真相は○○○○なのだけども、○○○○を論理的に実証することってほぼ不可能だと思う。この小説の江神の推理にも危うさがあり、対面する犯人はなかなか納得してくれない。動機の組み合わせから推測するしかないし、それが「意外な動機」よりよくできた説明である保証はない。でも、○○○○を扱うと処理が複雑になって面白くなるな、という発見があった。たとえば、○○○○が裏切りによって途中で断絶したら、不思議な痕跡が残るだろう。自分でもいちどやってみたい。

折原一『倒錯のロンド』

倒錯のロンド (講談社文庫)

倒錯のロンド (講談社文庫)

 

 叙述トリックの因果なところは、凝りに凝って複雑な仕掛けを弄するほど、肝腎の問題から肩透かしをされたように感じることで、……

 途中までは面白かった。殺人場面が描かれても、事実と思しき情報をどこまで信用していいのかわからない。こういうのは「ホワットダニット」でもいうのか、実際には何が起こっているのか、というのが問題になっている。〈時系列の誤認〉〈人物の誤認〉というのがこの小説の大まかな核だが、ある人物とある人物がひとりの二重人格であると思わせて、実は……という、一つのトリックを匂わせることで真相を誤認させる基本技が丁寧に使われている。

 真相が明かされたときに肩透かしを感じるのは、トリックを聞いたときに「ああ!」と膝を打つような、「そのトリックを採用していなければ説明のつかない現象」が書かれていないせいかもしれない。反応に困る。そもそも問われている問題の内実がはっきりしていないのに、「実はこういう問題だったんですよね」と言われても、という感じである。はっきりとフーダニットを絡ませるとか、問題を明確にしてくれると面白かったのかもしれない。

 叙述トリックを用いながら、それが本筋とは関連のないサブトリックだったら話を複雑にできるだろうか、などということを思った。

 

 結城信孝による解説に、内外叙述ミステリBEST20が付録されている。気が向いたらまとめて読みたい。

 

 〈国内編〉

  1. 湖底のまつり/泡坂妻夫
  2. 百舌の叫ぶ夜/逢坂剛
  3. 弁護側の証人/小泉喜美子
  4. アリスの国の殺人/辻真先
  5. ロートレック荘事件/筒井康隆
  6. 三重露出/都筑道夫
  7. 新人文学賞殺人事件/中町信
  8. 捜査線上のアリア/森村誠一
  9. 誰にも出来る殺人/山田風太郎
  10. 私という名の変奏曲/連城三紀彦

 〈海外編〉

  1. 鏡よ、鏡/スタンリイ・エリン
  2. 殺人交差点/フレッド・カサック
  3. 死後/ガイ・カリンフォード
  4. シンデレラの罠/セバスチャン・ジャプリゾ
  5. 心ひき裂かれて/リチャード・ニーリィ
  6. 歯と爪/ビル・S・バリンジャー
  7. 彼の名は死/フレドリック・ブラウン
  8. 殺す者と殺される者/ヘレン・マクロイ
  9. 殺人四重奏/ミッシェル・ルブラン
  10. 死の接吻/アイラ・レヴィン