馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

エラリー・クイーン『ギリシャ棺の秘密』

ギリシャ棺の秘密

ギリシャ棺の秘密

 

 犯人を外した。これを当てるのは難しいと思う。いろいろな意味でクイーンを再評価せざるをえないことがわかってきた。

 ローマ帽子&フランス白粉で、動機を組み合わせるのが苦手なフーダニットの作家だというイメージが確立していたのだけども、オランダ靴ではかなり違うことをやっていた。いかにも動機のありそうな面々がいて、しかし犯人にあたる人物には動機がなさそうに見える……が、最初の殺人ではそれが見えず、二番目の殺人と共犯者の動機を組み合わせることでそれがようやくわかる。クリスティ的な動機の処理。

 今回は、意外な人物構成が明らかになったり、登場人物の別の一面がとつぜん明かされたり、というカー&クリスティ的な複雑化の処理が徹底されている。この犯人像は予測がつかないと思う。ジョウン・ブレットが犯人だと思い込んでいた。犯人がはっきりした証拠もないまま、グリムショーの言葉を鵜呑みにして男だと称されているのは、実は女である伏線だろうと。で、ハルキス邸内を知悉していて茶碗のトリックを仕掛けられ、美術知識もありそうな人物と絞っていくとジョウンになってくる。

 彼女を犯人から除外するレトリックは、真犯人の意外性を出すためとはいえ、かなり弱い……論理的というより心理的な消去法である。クイーンにはそういうところがある。証拠の操作を疑うとき、「○○はこう思うだろう」「だから逆にこうである」という推論は役に立たないはずだ。だから逆に、がどちらの可能性も言いうるわけだから。論理は自明なことしか語れないので、語り得ない以上のことを語っているクイーンは心理的な憶測に踏み込んでいる。そこにミステリーとしての危険さがある。フーダニットはその危険な領域に踏み込まなければならないものではあるのだが、……