馬上の二人

読書記録。ネタバレ有り。

法月綸太郎『雪密室』

雪密室 (講談社文庫)

雪密室 (講談社文庫)

 

  短いページ数でかなりトリッキーなことをやっており、なかなか面白く読んだ。カーもクリスティもクイーンも入っている。〈不可能犯罪トリック(カー)、動機の入り組ませ方とミスディレクション(クリスティ)、細かい条件からの犯人限定の消去法(クイーン)。この三要素を入れればそれっぽくなるかもしれない〉と鍵アカに書いた。

 足跡トリックはあっけないようで手が込んでいる。そういえばこの単純な可能性を検討していなかったな、というもの。『白い僧院の殺人』『スウェーデン館の謎』と同様〈母屋と別館系〉の「足跡のない殺人」で、第一発見者の足跡だけが残された別館で死体が見つかり、犯人は殺人後どこに逃げたのかという謎が生まれる。この手の母屋と別館系の雪密室は、第一発見者の足跡そのものは残っているのがたいてい鍵になる。で、発見者は犯人ないし共犯者であるというのが相場なのだが……この小説の別館は、離れてはいるが靴を投げられる程度の距離だというのがポイントになる。

 今後、母屋と別館系の足跡トリックを考えるのだとしたら、「第一発見者が犯人or共犯になりがち」という法則をいかに破るかが鍵になってくると思う。別館で何かが起こっていると示唆しなければトリックが不発に終わってしまうが、その何かが起こっていることを知っていて発見者を誘導できるのは基本的に犯人か共犯者だけなのである。(第一発見者にはアリバイがある場合と、もう一人の観察者がいて殺人を犯してないことを見張っている場合がある。この辺もトリックのねじ込みようがありそうな感じ)だから、発見者を別館に誘導する流れをいかに自然に処理するのかが雪密室の鍵となるのだが……『雪密室』では、別館で電話が鳴りっぱなしという設定で、これはそれなりに自然だと思うが、それで登場人物が警視を連れて別館に移動するのはいかにもトリックのためらしき怪しさがある。「怪しい動きをしているのに犯人でも共犯でもない」という、別のめんどくさい動機の処理をすれば面白くなるのかもしれない。逆に、第一発見者に誘われた警察関係者が犯人であり、さり気なく早業殺人をやったとか。それはそれで叙述トリックの腕前が試されるが、すれた読者には意外といいかもしれない。

 トリック成立のために必要な共犯者が多いので、やや興醒めするところはあるのだが(しかし、フーダニットのための犠牲ではある……このトリックのためだけなら二人でもいけるが、真相がバレバレになってしまう)、総体的には出来がいいと思う。容疑をとっちらからせる動機面の処理がページ数のわりに複雑で、有栖川有栖スウェーデン館よりずっとうまい。このうまさがかえって通俗性を奪ってしまうのが本格ミステリの宿命なのかもしれないが。